Pick-Up! アフリカ運営メンバーの一人です! 国際開発について勉強しており、特にインフラに関心があります。 南アフリカに1年住んでいました。 X→@pick_up_minami

こんにちは!Pick-Up!アフリカです。

今回は、北アフリカに位置する国「チュニジア」について紹介します。どんな国シリーズではアフリカ大陸内の様々な国を紹介しています!

まだご覧になっていない方は、ぜひあわせてご覧ください!

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チュニジアってどこにあるの?

チュニジア共和国(以下、チュニジア)は、アフリカ大陸の北部に位置する国です。北と東は地中海に面しており、西はアルジェリア、南東はリビアと国境を接しています。

地中海を挟んでイタリアのシチリア島まで約140kmという近距離にあり、古くからアフリカ、ヨーロッパ、中東を結ぶ文化の交差点として栄えてきました。首都チュニスでは、様々な文化が交わる様子を街並みから伺うことができ、旧市街では7世紀半ばから15世紀にまで及んだアラブ支配の中で培われた文化、新市街ではフランスの保護領であった歴史から西洋的な街並みが広がっています。(参考記事①参考記事②

チュニジアの基本情報

国名チュニジア共和国(Republic of Tunisia)
面積16万3,610平方キロメートル(日本の約5分の2)
首都チュニス
人口1,246万人(2023年、世銀)
民族アラブ人(98%)、その他(2%)
言語アラビア語(公用語)、フランス語
宗教イスラム教スンニ派(ごく少数だがユダヤ教、イスラム教シーア派、キリスト教も信仰されている)
時差日本より8時間遅れている
外務省のWebsiteより抜粋・編集

国旗

チュニジア国旗

チュニジアの国旗は、赤地に白い円があり、その中に赤い「三日月と五角星」が描かれています。 「赤地」は”神と宗教のための闘争”を、「白い円」は”イスラム諸国の一体性”を、「赤い三日月」は”フェニキア人の崇拝した美の女神タニス”をあらわしています(参考記事①)。

三日月と月はイスラム教のシンボルであるとともに、かつてチュニジアがオスマン帝国の支配下にあった歴史を反映しています。(参考記事②)

首都

チュニジアの首都はチュニスです。

アラビア語読みである女神タニスは、フランス語で「チュニス」と呼ばれています。フランス保護領だった歴史から、チュニジアの首都の名前は伝統的に“チュニス”です。そして、国名は“チュニジア”と呼ばれています。

参考:

フェリックス・ウフエ・ボワニ国際空港、どんな空港?就航都市、フライト情報など、利用者ガイド | FlyTeam(フライチーム)

コートジボワールの首都はヤムスクロ!歴史や成り立ちなどを解説 | NEWT(ニュート)

人口

人口は1,246万人(2023年)で、人口密度は1平方キロメートルあたり約79人と、アフリカ全体の平均(約40人/km²)を大きく上回っています。

国連事務局経済社会局人口部が発表したデータによりますと、チュニジアの人口は1950年の約360万人から2023年の約1,200万人へと3倍以上に増加したことが明らかになっています。

チュニジア 人口 ピラミッド
※THE WORLD FACTBOOKから引用

年齢構成を見ると、若年層が多いピラミッド型ではありますが、出生率の低下により徐々に高齢化も進みつつあります。平均寿命は77.3歳と他のアフリカ諸国と比べると比較的高くなっており、人口の中の高齢者の割合が高まっています。

0歳~14歳が24.4%、15~64歳が65.2%、65歳以上が10.4%となっています。

出生率(1年間で1,000人あたり何人子供が生まれるか)のデータによると、チュニジアは211.35人と世界第150位に位置しており、人口の増加が比較的緩やかであることが分かります。

また、南部は砂漠に覆われていることから、人口の多くは北部に集中しています。

参考:

Tunisia – The World Factbook

Tunisian People, Ethnicities & Population – Lesson | Study.com.

気候

チュニジアは北部と中部・南部で気候が劇的に変わります。北部は地中海性気候で中部・南部は砂漠性気候となっています。

・北部(沿岸部):夏は暑く乾燥し、冬は温暖で雨が多い

・中部、南部:広大なサハラ砂漠が広がるため、夏は非常に高温、冬の夜間は冷え込む

観光のベストシーズンは、気候が穏やかで雨も少ない春(3月〜5月)と秋(9月〜10月)です。夏(6月~8月)になると、中部や南部は暑さが厳しくなるため、観光には向きません。一方、この季節には北部で地中海リゾート観光が盛んになります。また、冬(12月~2月)は北部で雨が降りやすく、南部では夜が冷え込むため、春や秋での観光を計画するといいでしょう。

参考:

チュニジア基本情報・渡航情報ガイド

https://travesim.com/row/blog/4363

言語

公用語はアラビア語ですが、1881年から1956年までフランスの保護領だった歴史から、フランス語がビジネス、教育、政府機関などで広く使われています。

また、近年英語も第三言語として広まってきており、観光・テクノロジー・高等教育の分野では、英語が使用されるケースが増えてきています。

その他、イタリアやオスマン帝国の影響から、イタリア語やトルコ語を話すコミュニティもあります。

参考:

What language is spoken in Tunisia? 5 Fascinating Facts.

宗教

チュニジアでは、国民のほとんどがスンニ派イスラム教徒です。残りの約1%の人々がユダヤ教徒とカトリックですが、互いに対立することなく仲良く共存しています。

チュニジアは北アフリカ諸国の中では比較的世俗的な国として知られています。1956年に独立した初代大統領ハビブ・ブルギバ氏は憲法を発布し、親の強制による結婚や一夫多妻制、女性の顔をベールで覆うことなど、イスラムの前近代的なものを法律で禁止しています。近代化が進められてきたチュニジアは中東の中でも異彩を放っています。

参考:

カルチャー・宗教 | チュニジアを知る

観光

チュニジアには、古代ローマ時代の遺跡から美しい海辺の町まで、多彩な見どころがあります。

カルタゴ遺跡(Carthage)

紀元前にフェニキア人が築いた海上交易都市の遺跡。ローマ帝国とのポエニ戦争の舞台としても有名で、世界遺産に登録されています。

シディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)

「世界で最も美しい町」の一つとも称される(参考記事)、白壁に青い扉の家々が並ぶ崖の上の町。地中海の青とのコントラストが絶景です。

チュニス旧市街(Medina of Tunis)

迷路のような狭い路地に市場(スーク)がひしめき合い、スパイスや伝統工芸品の香りが漂うエキゾチックなエリアです。

エル・ジェムの円形闘技場

ローマのコロッセオに匹敵する保存状態の良さを誇る巨大な闘技場。映画『グラディエーター』を彷彿とさせる圧倒的なスケールです。

スース

美しい街並みと、侵略を受けてきた歴史からできた要塞都市の一面を楽しむことができるエリアです。

サハラ砂漠とクサール

南部の砂漠エリアでは、スター・ウォーズのロケ地となったタタウイヌ周辺の「クサール(城塞化された穀物倉庫)」を見ることができます。

参考:

チュニジア観光におすすめの名所&人気のスポットランキング

スポーツ

チュニジアで最も人気のスポーツはサッカーです。ワールドカップに初出場したのは1978年のアルゼンチン大会で、以降1998年フランス大会、2002年日韓共催大会、2006年ドイツ大会と3回連続出場しています。

既に2026年のFIFAワールドカップへの出場が決まっており、注目が集まっています。

チュニジアの有名選手に関してはこちらの記事で詳しく説明しています!

参考:

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000470835.pdf

歴史

紀元前9世紀頃、フェニキア人によって港湾都市カルタゴが建設され、地中海交易の拠点として繁栄しました。しかし、ローマとのポエニ戦争に敗れ、紀元前146年にカルタゴは滅亡し、その後はローマ帝国の属州として発展します。現在も各地にローマ遺跡が残っています。

7世紀になるとアラブ・イスラーム勢力が北アフリカに進出し、チュニジアはイスラーム文化圏の一部となりました。アラブ化とイスラーム化が進み、チュニスやケロアンは宗教・学問の中心地として栄えました。その後、16世紀にはオスマン帝国の支配下に入り、名目上は帝国領でありながら、一定の自治を保つ体制が続きました。

19世紀後半になると、ヨーロッパ列強の影響が強まり、1881年、チュニジアはフランスの保護国となります。フランス統治下では、インフラ整備や近代的行政制度が導入される一方、土地の収奪や政治的抑圧も進み、民族主義運動が高まりました。

1956年、チュニジアはフランスから独立し、翌年には王制が廃止され共和国となりました。初代大統領ブルギバの下で世俗主義的な国家建設が進められ、女性の権利拡大や教育制度の整備など、アラブ世界でも特徴的な改革が行われました。その後、1987年にベン・アリ政権が成立し、長期にわたる権威主義体制が続きます。

2011年、失業や汚職への不満を背景に「ジャスミン革命」が勃発し、ベン・アリ大統領は退陣しました。この革命は「アラブの春」の始まりとなり、チュニジアは民主化への道を歩み始めました。政治的混乱や経済的課題は残るものの、市民社会の存在感は現在もチュニジアの大きな特徴となっています。

参考:

チュニジア基礎データ|外務省

治安

外務省の海外安全ホームページによると、2026年1月23日現在、南部と西部は危険レベル2「不要不急の渡航中止」、南東部から北西部にかけての主に国境沿いは危険レベル3「渡航中止勧告」となっており、それ以外の大部分は危険レベル1「十分注意」に指定されています。

危険レベル2及び3が発令されている地域ではテロリストが潜伏・活動している可能性が指摘されており、特にアルジェリア・リビア国境付近では、テロリストが往来する可能性があることから渡航中止勧告が出ています。

首都チュニスや観光地では、比較的治安は安定していますが、強盗や窃盗といった一般犯罪が多く報告されているため十分注意が必要です。

渡航の際は、自身の持ち物管理を徹底し、夜間の単独行動を避けるとともに、現地住民から危険地域の情報を得るなど、慎重な安全対策を講じることが重要です。

参考:

外務省の海外安全ホームページ

日本との関係

日本は1956年6月26日にチュニジアを国家承認し、1969年2月5日には在チュニジア日本大使館を開設しました。1985年以降は、「日・チュニジア合同委員会」が日本とチュニジアで交互に開催されており、これまでに計11回実施されています。この委員会では、二国間関係にとどまらず、中東情勢やアジア情勢など、幅広いテーマについて意見交換が行われています。

また、2011年3月の東日本大震災の際には、チュニジアからツナ缶6万個の物資が日本に提供されました。さらに、在京チュニジア大使館の呼びかけにより、宮城県石巻市や千葉県旭市に支援ミッションが派遣され、救援物資の提供や炊き出しなどの支援活動も行われました。こうした出来事は、日本とチュニジアの間に築かれてきた友好関係を象徴するエピソードの一つと言えるでしょう。

参考:

チュニジア基礎データ|外務省

経済

チュニジアは、1987年から続いたベン・アリ政権下で安定した経済成長を遂げ、1990年代から2000年代にかけては年率5%前後の成長を維持してきました。1995年にはEUと自由貿易圏を設立するパートナーシップ協定を締結し、2008年には工業製品の関税撤廃が導入されるなど、欧州を中心とした貿易自由化を進めてきました。

一方で、若年層が人口の多くを占める人口構成を背景に、若年高学歴層の失業問題は長年の課題となってきました。また、観光や工業化が進む沿岸部と、農業中心の内陸部との地域格差も拡大しました。

2011年に起きたジャスミン革命後は、抗議行動や労働争議の頻発、観光客や外国投資の減少などにより経済が停滞し、同年の成長率はマイナス1.8%に落ち込みました。その後回復基調に転じたものの、2015年のテロ事件や政治の不安定化により、再び低迷が続きました。

さらに2020年の新型コロナウイルス感染拡大は、観光業と製造業に大きな打撃を与え、GDP成長率はマイナス8.6%まで落ち込みました。2021年以降は回復の兆しを見せたものの、2023年の成長率は0.4%にとどまっています。2024年以降は、観光業と農業の回復を背景に、GDPは約534億米ドルと緩やかな成長が期待されています

参考:

チュニジア基礎データ|外務省

インフラ

水について

チュニジアの水資源は、地域によって大きな偏りがあります。メジェルダ川が流れる北部に表面水(河川など)の約82%が集中している一方、中部や南部は乾燥しており、地下水への依存度が高いのが特徴です。

国内全域でダムや貯水池の開発が進められており、現在、開発可能な水資源の約85%がすでに活用されています。しかし、人口増加や経済成長に伴い、以下のような課題に直面しています。

農業利用の多さ: 水利用の約8割(82%)が灌漑農業に充てられており、生活用水(16%)や工業用(4%)を大きく上回っています。

地下水の過剰汲み上げ: 北東部や中部では地下水の使いすぎが問題となっており、一部では再生能力を超える過剰利用が続いています。

水質と環境: 灌漑用水の塩分濃度が高い地域があるほか、未処理の排水による水質汚染や、気候変動による乾燥化が深刻な環境問題となっています。

チュニジアの水道水は、都市部では比較的整備されていますが、石灰分が多く、日本人にはお腹に合わない場合があります。また、水質汚染のリスクも考慮し、飲用にはミネラルウォーターを購入することを強くおすすめします。

電気について

電化率は1996年には90%を越え、2000年代にはいるとほぼ100%を維持しています。停電なども少なく、安定して電気が国民に供給されています。

通貨について

チュニジアではチュニジア・ディナール(TND)が使われています。2026年1月現在、1チュニジア・ディナールは54.35円で取引されています。

チュニジア・ディナールは、1960年にフランス保護領時代に流通していたフランス・フランに代わって導入されました。

高級レストランや大型ショッピングセンターでは、クレジットカードを取り扱っている場所もありますが、現地の方が経営する小規模レストランや市場では利用できない可能性がありますので、観光の際には現金を持って行くといいでしょう。

参考:

Country: Tunisia

チュニジアの電化率(電気アクセス)

チュニジア国 ラデス・コンバインド・サイクル 発電施設建設事業 (協力準備調査(有償))

Understanding the Tunisian Dinar and Its Role in Today’s Economy

https://travesim.com/row/blog/4343

終わりに

いかがでしたでしょうか。どんな国シリーズでは、アフリカ大陸内各国の情報をまとめています。国の情報をまとめて知りたい方はぜひご覧ください!

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